そしてトンネル出口のこの坑門の形!同じ明治期の官設のトンネルや、割と質素に作ってあるという阪鶴のトンネルと比べるとめちゃくちゃ凝ってます。豪華です。
何か京都鉄道、保津峡は観光地だから立派なものを、と張り切って豪華なトンネル作ったとかいう記述をどこかで見かけたような気もします。
しかしまあ、これだけが理由ではないですけど、こういうことやってるから舞鶴までの延伸のお金がなくなったのでは…と思わんでもない。
ところでトンネル出口にチョークでこんな文字が書かれてたんですけど、普段ここに入れるのは嵯峨野観光鉄道の保線の方々というわけで……。最高の仲間、良いことだ。
一部、すすや埃が剥がれて元の煉瓦の色が見えているところがありました。100年以上前の煉瓦の色がそのまま見えるってなんか…すごいなぁ…(語彙
このトンネルも、他の多くのトンネルと同じようにイギリス積みです。
さんいんの前身である京都鉄道がここに線路を通したのが1899年(明治32年)。つまりこのトンネルも、その時に作られたものということです。
こうやって明治期のトンネルは、中央さんの愛岐トンネル群やふくちーの旧線跡とかで入ったことはあるけれど、実際にレールが敷かれているトンネルに入ることは初めてなのでこれは貴重な機会!
トロッコ保津峡駅を出て上り方面に向かうと、すぐに清瀧トンネルに入ります。全長496メートルのトンネルだそうです。今は冬なので実感できないけれど、真夏でもトンネル内部は20度前後なのだそうです。ひんやり〜。
ホームに古い枕木が使われているらしい、と、線路の上に降りて初めて分かることもある。
本日引率してくださる嵯峨野観光鉄道の方(なんと社長さんの姿も)の注意事項などを聞いてから、いよいよ線路の上を歩きます。