SLやまぐちの発着ホームである1番ホームは、こんな感じにレトロ感が演出されている。
新山口で一回目の下車です。前の駅名は小郡。平成15年、意外と最近だった。
ちなみに18きっぷ期間ではないので、途中下車ではなく普通に精算して出ているよ!山陽へのお布施だと思っているよ!
この辺りは上官と出会う場所もまだあまりなく。また後で。
新下関で上官と交差。その後はまたすぐに離れていきます。次に出会えるのはどこかな。
新下関からどんどん東へ。山陰は幡生を出てしばらく北へ向かうと玄海灘が車窓に広がる海の風景だけど、山陽の車窓はこんな感じ。暫く内陸側を走ります。
明治の敷設時には、まだ鉄道は軍部の発言の影響も強く受けていたので、内陸の方が防衛面で優れるという意見もあってルート選定で揉めたとか何とか、とどこかで見たことあるな。
幡生を出た117は、山陰の線路と暫く並走しながら新下関に向かいます。山陰の!線路と!並走!しながら!(陽陰的にはここが重要)
2キロぐらいかな、並走を終えると山陰の線路は北側へと分岐します。
ここから何百キロ、今度は太平洋側と日本海を挟んで並走し、山陽は神戸で東海道へとバトンを渡し、再び出会うのは京都なのか…と考えると壮大な話だ。
名残惜しいけれどそろそろ幡生から出発します…と思ったら今度は福知山さん色の117が来た…!?
デビュー当時元々は東海道山陽の新快速用として出てきたんだけど、民営化して221が出てきてから段々他の線にお下がりとして引き渡すようになり、この色に塗装し直されたのはその時らしい。
民営化時ぐらいには、福知山さんカラーというのは緑だったのか…?というところは調べてみないと分からないけれど、福知山さんに渡された車両はまた山陽のところ(しかしまっきいろの国)に投げ渡されたのでした。まだまっきいろに塗られていないだけいいよ…。
前のが山陽バージョン、そして裏側は山陰バージョンの駅名標。隣の駅が新下関じゃなくて綾羅木になってるよ。
表裏一体の駅名標…に私がテンション上がらなかったわけがない。聖地だ…。