開業当時の時刻表と運賃表。この時から定期はあったのか…。
山陰鉄道発祥之碑、というものがあるらしい。地図を見ると遠そうな印象だったけれど、実際は境港から次の駅、馬場崎町駅の間にあるので歩ける距離です。
こういう感じに無造作に床に置いてあるパネルも(笑)
ほんとに港のギリギリまで、運ばれてきた荷物運搬用に線路が引かれているのが分かります。
C11、ということは昭和のどこかの年代の写真なんだろうけど、これはどの駅だろう?境港?
あとホームに人が集まっているので何かのイベントごとのような気もするけど、積んでいるのは木材っぽい…?
すごい、さんいんの成長記録がここに…!
最初は山陰西線の名称だった、と書いてあるけれど、その山陰西線と呼ばれる更に前(もあった)についてをこねくり回すのが好きです。
あと阪鶴丸はふくちーの子守りっぷりが垣間見れるので熱い。
実際に山陰開業当時(ぐらいだろうか?昭和37年(1962年)に76歳だったら、1903年開業の頃にちょうど働いていてもおかしくはない年齢か…)に機関手をしていた方のインタビュー記事がありました。
開業当時の生の声は今となっては聞くことができないので、こうやって記録として残っていることがめちゃくちゃ嬉しいです。
しかし運賃が高すぎるっていう類いの苦情か…(笑)
開業当時の山陰の機関車や客車は、他の記録でも「マッチ箱」と例えられていたので本当に小さかったんだろうな。
ハリセンボントンネルに度肝を抜かれつつ、気を取り直して二階の境線展示へ。ここからが本番です!