昔の路線図とか旅行案内とか色々。流線型が流行っていた頃のものもあるな。
さ さ さんよーてつどーの文字をここで見ることになろうとは…!愛か…!
と思わず手にしていたスマホを取り落とすところでしたが、よく考えてみたら播但線も山陽鉄道でしたね。
頭では分かりつつも「愛だな!」となってしまうかわいそうな陰陽脳なのでした。
山陰100年の時にこんな記事が出てたのかー!
確かこの、山陰の鉄道遺産マップはパンフレットになって鉄子の部屋で入手できたはず。
餘部〜久谷間の約2キロほどの桃観トンネルは難工事だったらしいと山陰関連の本には書いてあったのを思い出しました。
久谷駅開業の式典の式辞みたいなもんかな。すごい……平成の世まで保管してくださっていた地元の方ありがとう…
久谷駅の開業時の新聞記事…が主題の展示なんだけど、他の記事を読むと「山陽の女は腰が軽い」とか書かれてますけど一体…。
開業式典の臨時列車の時刻ー!ほんとよく残ってたな…。さんいんの幼少期の資料がこんなに色々と常時展示されているところは他にないので、ほんとさんいん好きさんで歴史とか気になってきた方はここに行っておくと良いです…。ほんと…。
そういえばこの前、こうのとりで大阪〜城崎間に乗ってこの時刻(上のふくちー経由の方)と同じルートを通ったんですが、その時は8時過ぎに大阪を出て11時ぐらいに城崎到着でした。
この時刻表だと、7時に大阪を出て城崎通過が14時頃になっているので、車両の性能と新線切り替えで開業時からここまで短縮できているんだなぁと実感。まあでも、それでも北近畿東海からは遠いけどね!!!
出雲までの全通時の観光案内だ……と思いきや、よく見てみたら山陰の起点が京都じゃなくて福知山になっていておぉぉ???となる一枚。余部橋梁も完成していて、松江で物産共進会が開催中の時期ということは書類上は京都起点になっているはずだけど、世間の認識的には福知山だった?のか?
この時期ふくちーや京都鉄道が持っていた部分をさんいんが吸収していった時なので、この福知山起点の案内は面白い…。