商店街を抜けて境水道までやってきました。岸壁に並ぶ漁船。昔からの漁港の街なんだなぁと実感できる光景です。
そもそも何故この境線が山陰で初めての鉄道になったかというのも、山陰を繋ぐ鉄道を敷くため、この港から資材を搬入するためにひとまず運搬用の路線が必要だった、というわけで、つまり東海道線と武豊線と同じような関係性です。
それはさておき、8月の炎天下にとぼとぼと日陰のない道をあるいていくのは割と試練に近いです!持ってきた水が段々と尽きてきた。
そろそろ海とくらしの史料館にも近くなってきたはずだけどまだ姿が見えません。どこ!?
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